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●21/5/9「南京事件の究極」
南京事件の問題はややこしいので余り関わりたくないのだが、しかし発してしまった発言には責任はあり、手さぐりながら考えを述べて行きたいと思う。
畢竟南京事件の問題の究極は「捕虜処刑の是非」と「日本人、日本兵の劣化問題」だろう。後者に関してはやや感性的な部分もあり、我の考えは大分述べてきたので、前者の問題をいま少し考える。
小林本で捕虜処刑問題を前面に出していない点を述べたが、『新ゴーマニズム宣言八巻』に時浦氏の解析の著述があった。また『国家と戦争』と言う対談本もあるらしい。これは未見なので、早速アマゾンで注文した所。
さて、八巻の解説であるが、やはり中々微妙である。
「捕虜」の言葉をどう捉えるかの問題になる。この点「従軍慰安婦」問題で「広義の強制」「狭義の強制」と言う問題があり、この点が問題と指摘された。
しかし捕虜問題でも「広義の捕虜」「狭義の捕虜」と言う使い分けをせざるをえないかと感じる。従軍慰安婦問題と同じではないかと言う感じもあるが、この問題は強制の「狭義」「広義」の問題と軍の関わりをゴッチャに論じた所に問題があるのである。「広義」にしろ「狭義」にしろ、それが軍がやっとしたら問題であるが、慰安婦問題は実際にやったのが業者である事がポイントである。
捕虜問題は「広義」にしろ「狭義」にしろ軍がやった事は間違いない。
「広義の捕虜」とはつまりとにかく日本兵が捕まえた中国兵との意味であり、「狭義の捕虜」とはちゃんと国際法の諸条件を満たして捕虜になったと中国兵と言う事になるだろう。両者をゴッチャにすると論が混乱する。
南京事件では「狭義の捕虜」は殆どいなかった様なので、総て「広義の捕虜」と言う事になる。
八巻解説では捕虜、敗残兵、投降兵、便衣兵の区別を称えているが、この「捕虜」とは「狭義の捕虜」を差しているようである。
著述を読んでいるとやや市民に紛れた敗残兵と便衣兵とをゴッチャにしているようにも感じる。衣を脱いで市民の服に替えて逃れんとした兵とゲリラとしての便衣兵をゴッチャにしてはいけないと感じる。
勉強不足で確言が出来ないのだが、便衣兵の定義もやや曖昧であり、実際的には単に市民に紛れて逃れようといした敗残兵が殆どだったのではなかろうか。
便衣兵とはゲリラ、スパイ的な感じがあるが、そんな政府の密命を受けた高い理念を持つ兵が当時の国民軍兵の中にそれほどいたとは考えにくい。また両者を外部から見分けることは実質上ほぼ不可能に近いだろう。

 

●「広義の捕虜」
さて、ともかく日本軍は南京城陥落後、掃蕩作戦を行って市民に紛れていた敗残兵を捕らえた。その中に便衣兵もある程度いたかも知れない。しかし総てではないと感じる。
また勿論投降兵もいただろう。これは司令官のいない投降兵であり、「狭義の捕虜」には出来なかったが、取り敢えず捕らえはしたわけである。
この時点で「広義の捕虜」一般的な意味合いの捕らわれた兵隊が多数でた事。これは事実だろう。そしていま一つの事実はこれらの捕虜を総てではないにしてもかなりの大量の処刑をなしたと言う事。これも事実かと思う。中村粲教授はその処刑の数を二万人くらいと推定しているようである。研究が進めばより正しい数字が確定されてくるとは思うが、現時点では大体妥当な数字かと感じられる。

 

●「是非」
さてさて問題はその是非ではある。小林本八巻の解説では戦闘行為の延長としての立場として捉えているが、やや乱暴な論と言う感がある。ただこの点に関しては我としても論評する資格が余りない。当時の戦況、状況、実態の問題があり、また国際常識、各国のスタンダードの問題も絡む。
だから平和な時代の感想と言う立場でしか述べる事は出来ない。
これは南京城陥落後の事件であり、南京進行の途中の事でないと言う事。南京への進行途中、戦闘時における投降兵などであるとより難しい状況が伴い、とても捕虜として取り扱いは実際上は難しく、狭義の捕虜でない以上は即日処刑もやむ終えなかったと言う感じが確かに残る。しかしながら今問題になっているのは南京城陥落後の事件であり、いま少し別の選択肢がなかっかと言う感じがする事は事実である。

 

●「真実追求」
ここが南京事件における核心部分であり、真実を追求すべき究極部分なのである。ただこれは中国の先導、謀略に載ってしまう可能性があり、注意しなければならない。
中国側の主張は殆ど誇張、捏造のオンパレードであり、こんなものに引っかかる必要はなく、これはこれで大いに糾弾し、真実を暴露して批判しても良いと思う。ただその時の姿勢としてはひたすら真実爆弾で撃墜すべきであり、嘘に対して嘘で対しては混乱し、最後に自爆する事になる故注意が必要と述べいるのである。
ウソにウソで対し、「ウソウソウソ……」を重ねていると最後に「ソウ」になり、真実になるのだから。

 

●「やむ終えざる」
この点の真実、つまり何故に大量の処刑をなしたか。勿論総て処刑したのではなく、処刑された者、処刑されなかった者があり、また処刑をなした班と処刑を成さなかった班とがあったと考えられる。その差異は何なのか、各班長の問題であるのか、それともちゃんとした分別する規範があったのかどうか。
その具体的理由を含めて探求する事がこれからの南京事件の研究テーマであるべきである。
その探求過程において「万端やむ終えざる」理由が出てくるかも知れないし、単に強引にやっただけなのか、その実態は知りたい思いはある。
ただ現時点で言えば、何としても捕まえた以上は何とか問答無用で処刑する以外の方法、何とか、何万人かの兵の生命を保護するやり方全くなかったのかとは思う。
それを何とかなし遂げておれば日本の武士道は南京条に燦然と輝いたであろうかと思うのである。
だが残念ながら昭和以降の兵士は古典武術の素養が殆どなく、武士道精神がかなり低下していた……。

 

●「願望」
畠奈津子著『南京大虐殺の真実』では卑怯な事をなした中国兵も含めて殺害、虐待せずにちゃん捕虜として扱ったと言う表現をなしている。これはかなり事実と違うとは思うが、これは現代日本の保守系南京事件研究者の「かくあれかし」と言う願望が出ている部分だと解釈出来る。
気持ちは分かるが、しかし事実を余り曲げると贔屓の引き倒しになってしまうかとは思うのである。

 

●「保守はミニゴミ」
保守系論者の多くは一般メディア、マスコミを「マスゴミ」として論難するが、程度の問題はあるにしても保守系メディアも「マスゴミ」、少なくとも「ミニゴミ」に近い部分があると我は思う。
論が粗く、間違いが多い。これではコミンテルンの「どんなことをしてでも、嘘でもなんでもついてでも」と言う立場と変わらない。
昔食料研究家の郡司篤孝氏が大分インチキ食品の酷いインチキぶりを大分糾弾したが、その多くは確かに良い業績であっかと思うが、しかし行き過ぎた批判もあった。そして著書で「(余りにインチキが多く酷い状態であるので、それを改善する為には)多少大げさに言ってでも批判せねばならない……云々」の著述があり、これは如何なものかとは思ったのである。
確かに世は情報戦ではあるが、やはり「嘘」は宜しくない。「多少大げさ」と言う謂も微妙であり、「大げさ」と「嘘」とは違うが、しかし保守系論説には「大げさ」というより明らかな「嘘」もしくは「間違い」がかなり多い。我も大分指摘してきた所である。
この様な点がいま一つ大衆にうけいられない所なのではなかろうか。

 

●「武術オンチ」
畠本も小林本も、また水島総著『南京の真実』でも同じ間違い「日本刀は二三人しか斬れない」と言うテーゼを解説しており、宜しくない。総て日本の伝統的な事を謂ながら、古典武術に対する探求が見受けられないのである。
唯一水島社長が昔の柔道の立場から現代柔道選手の行儀の悪さを指摘しており、これは正しく真実であるが、水島社長は剣術系には殆どオンチであるようである。『七人の侍』の見すぎでなかろうか。これは所詮娯楽映画であり、真実の武術や戦闘の真実がそれほど正しく描かれているわけではない。
いやそれより先に御三方とも日本人の感性としてこの様な「日本刀劣等論」に対していま少し違和感を感じてほしかったとは思うのである。

 

●「チェス」
南京城陥落後に捕虜(以降の論は総て広義の捕虜の謂いで話しを進める。国際法的な厳密な「捕虜」ではない言う論難をされても困る。国語的な、一般的な意味で用いているのである。)の大量処刑した事がやはり気にかかる。それは中国式、欧米式のやり方である。
国際法的な捕虜ではないことは事実かも知れず、また他国の実態、中国や欧米のやり方、国際的暗黙スタンダードの問題も含めて今日それを余り非難できる事ではないし、まして極悪中国なんぞに言われたくもない。「残虐をやったのはお前だろ。ふざけるな」とは思う。
しかし大正までの日本兵のキャラクターとは違う感じがある事も事実であり、要するに世界最高の軍律の厳しさを誇った日本軍の綻びが初めてみえる部分であり、日本軍がこの時期にはある程度西洋化していたと言う事なのである。その当時の軍隊幹部連もかなり西洋化しており、休みの日には葉巻を吹かしてブランデーを傾けながら将棋ではなく、チェスなど差して寛いでいたのではなかろうか。

 

●「史料」
ちゃんと史料を読む事は重要で、しかし時間がない。小林本批判もなしたが、小林本も多くでており、総てをみるのも大変である。また読み返すと『新ゴーマニズム宣言五巻』に捕虜処刑の事が解説してあった。
捕虜処刑は食料供給や確保施設(牢屋)などの不足により、致し方なくと言う立場を取られている。これが大体は正しい認識があろうかと思う。
ただどのような史料での著述か我にはいま一つ不詳。想像で書いてもしょうがない。少し疑問は陥落後比較的早い時期に処刑してしまっていると感じる。食料の問題は確かに重大ではあるが、最後の最後まで簡単に即日処刑すると言うよりは食料なしでもほって置かれた方がましだろう。
一応南京で凱旋したわけであるから、捕虜施設の確保も含めて最後の最後まで努力したかと言う事が問題なのではなかろうか。南京市民と連携しつつもっとある程度出来る方法はないのかと努力したかどうかが問題であるだろう。


●21/5/12「国家と戦争」
昨日『国家と戦争』が届き、大体は目を通した。漫画では捕虜処刑問題がやや杜撰だと思ったが、こちらの方である程度フォローしていたわけである。
大体は良い捉え方、いや、このように捉えるしかないとは思う。戦争のリアリズム、またダイナミズムの中でこの様な選択肢になったわけであり、国際的暗黙スタンダードの立場からもそれほど今日の者が非難できる事ではなく、また現在の如くの情報戦の中、敵側操作に乗る必要はないだろう。
事実は事実として認め、その上で日本兵の実相、劣化を考える糧にする必要はあると捉えるのみである。この点はまた後で考えよう。


●「比較」
事実を認めた上でそれをどう捉えるかは重要である。中国も欧米も捕虜をどう扱ったかは重要であり、比較上日本を一方的にとても非難できる者ではなく、出来ないからこそ市民や婦女子を虐殺したとでっち上げているわけであり、それに対して反論をなす事は当然である。捕虜処刑は認めた上で、他国との比較の立場で反駁をなすことも必要だろう。
態度として「(広義)の捕虜も処刑」がなかったと言う立場は宜しくない。
漫画の方も全体像を読めば触れてはいるが、少し分かりにくい事は事実である(我の読み方が浅かった為ではあるが、判りやすくはして欲しいとは思う)。畠奈津子女史は小林氏の元アシスタントであったと言うがその不完全な部分のみを引き継いでいる事は残念である。
小林本の方は最初は杜撰でも、杜撰、胡乱な部分を後で修正、校正しようとしている事は真面目な態度でそれなりには良いと思う。
ただ「日本刀は二三人しか斬れない」と言う杜撰な部分はその儘であり、この点もどこかで修正、訂正して欲しいと思う。また南京写真解析の杜撰さも残っており、この点も何とかして貰いたい。捕虜処刑を認めるならばしゃかりきに処刑写真を否定する必要も最初からないはずである。


●正しい認識
小林氏、畠女史、東中野教授、水島社長など、南京大虐殺否定派の論客は様々な業績を遺されているが、その中に間違いが多い事が問題であり、贔屓の引き倒しになる事を恐れるものである。もっとちゃんとやっていただきたい。恐らく捕虜処刑に斬首刑も用いていたかと思われるのであり、認める事はちゃんと認めるべきであると思う。かかる真実に立った時点でそこから正しい主張をなすべきではないか。

 

●21/5/14「スポーツなぎなたの中の武術礼法にビックリ」
薙刀術の稽古に凝っている。稽古と共に技法研究をなしているが、『イラストなぎなた道』という本を図書館で借りて読んでみて驚いた。現代の「なぎなた」はスポーツとして行われ、……実際正にスポーツである。しかしものすごく意外な事に正しい礼法がある程度図説されている。袴の履き方も戦前の古典の方法である。さらしを折って帯に遣う作法も古式。そしてやってはならないスタイルがイラストで図説されている。内容は正しく、正にその通り。
本来は驚くことではないのだが、居合道書、剣道書が無視した部分、若しくは全く間違った礼法を堂々と書いている事に比較して驚いたのである。本来は居合道書、剣道書にビックリしなければならないのだが、余りに数が多すぎ余りに間違いが酷過ぎ、所詮はスポーツ、レジャーと考えるしかなかったわけである。しかし現代の「なぎなた」は確かにスポーツであるが、古式の礼法が未だある程度残っている事は事実である。
勿論完全ではないし、その組織として有り様も正に現代式、スポーツ式であると思われる。……それはともかく現代スポーツの中に正しい武術礼法の一面を残している事は評価したい。逆に居合道、剣道が酷すぎるというべきか。袴の履き方も知らず、帯の締め方も知らず、演武方向も知らず、座り方も知らない。居合道の本の中には木刀を置いて、それをまたいで「門入」形の解説をしている驚くべき書籍まであるのである。

 

●「男の武道、女の武道」
水島社長も柔道選手、特に男性選手の行儀の悪さを批判されておられたが、正にその通り。女性選手はベストではないとは思うが男性よりはある程度は行儀が良い。……いやその様な謂が可笑しい。男性選手が余りにも悪すぎるのである。全く酷いの一語! 武道ではなく、全くのスポーツなのだから仕方がない。
「なぎなた道」は澤田花江先生や徳永千代子先生を初め、未だ武専で修行された先生方が健在であり、そして権威があり、いまだ影響が残っているという事かと思う。
剣道系や居合系は戦前武道を知らず、戦争も知らない若手がかなり出てきている様に思われる。
そして女性系の方がまだ武道に未だ古式のもの、礼法的なものを求めているという事であるようである。「稽古」という言葉が残っているのは女性の習い事の世界のみである。
しかしその様な女性系の正しい礼法の保持も所詮時間の問題であり、それがスポーツである異常、それが組織化され、ビジネス化している以上は何れ、それも近い内に忽ち乱れてしまうに違いない。


●「トンチンカン」
日本の伝統をいう右系論客が全く日本の武術の素養なく、また知ろうともせず、そして知らない事も知らずしてトンチンカンな事をいっている。真に情けない光景である。


●「たった一人」
古式の侭の形を残すという古武道が全くないというわけではない。自称する系統は数多いがこれは、残念ながら殆ど捏造。とはいうものの、多くの中には確かに少なくとも古伝形を何とかある程度の部分を墨守している系統が全くないというわけではない。しかし形のみならず、その奥の心を残す古伝武術は本当に少ない。多くは所謂現代式古武道である。
「外国人の門人は取らない」「公開演武を成さない」「ビデオ撮影を許さない」「見学不可」「古式伝書の発行」「支部を造らない」「段を出さない」「稽古で質問は不可」「御名札を付けない」「ワッペンなし」「古式の袴の履き方」……こんな古伝武術で当たり前の事を護っているのは我の知る限りとうとう我の所のみになってしまった。


●「なぎなた連盟」
女性なぎなたの世界が未だ古い礼法を護っているのはできたのが比較的新しい為だろう。戦前にもある程度競技薙刀の世界はあったかと思うが、本格的に「なぎなた連盟」として独立結束して大きな団体を造ったのは戦後である。そしてそれを形成された女性師範方は単なるスポーツ薙刀のみならずちゃんと古流薙刀術の師範でもあり、天道流、直心影流などの古式形もちゃんと修めていた。これが戦後にやはり再結成された剣道連盟なんぞとは大いに違う所だろう。剣道家たちは明治からの長い伝統をもちながら、家傳の古伝剣術形を疎んじ、竹刀打ちのオンリー家に殆どが堕落していた。古伝形を知らないものが完全ならスポーツ競技「剣道」を造ったわけである。
しかし武専で修練された女性師範たちも皆御高齢であり、次の世代交代を迎えると古伝薙刀の世界も、先ずは「心」の方から音を立てて崩れさるに違いない。


●真剣薙刀独演形の世界
日本刀はある程度の需要が居合修行者にあるが、薙刀は残念ながらスポーツ薙刀が主流であり、真剣薙刀は殆ど必要ではなく、骨董薙刀などがかなり安く出回っている。我自身も四本ほど真剣薙刀を保有しているが、日本の武器の美術工芸的な高さには本当に驚かされる。一本は「青紙(特別貴重刀剣)」つきであり、金具も精巧な毛彫りがなされ、千段巻は細かい螺鈿造り。鞘も三つ葉葵の蒔絵となった正に大奥のお姫様用薙刀である。
この真剣薙刀を用いた古伝形を修練をかなりこなしている。これは現代武道に殆ど伝承されなかった古伝薙刀術の本当に深い部分である。古流薙刀術の幾つかも真剣独演形を保有しており、槍術もしかりである。確かに日本の武術は模擬木剣的なもので組形稽古をなすのが、主流だが、それだけでは真剣の重みや細かい造りの意味が分からない。最後に多くの流派で真剣独演形が伝承されていたのは、剣術に居合傳が付随するのと同じ様な意味があるわけである。

 

●21/5/19「本当に呪縛を受けているのは」
チャンネル桜を観ているとイライラする事も多く、伝統的な部分での齟齬や誤謬が気になる事があるが、しかし正直な所よく頑張っていると評価したいのである。ただ単に決まった人間が集まって左系を罵倒するのみならず、本当にちゃんとした処置をしてもらいたいとは思う。やはり最後は法的処置ではなかろうか。日本は本当にそこまで追い詰められていると思うのである。
思うに今のここまでの日本マスコミ、政治家の左傾は単に戦後の呪縛と言う事ではなく、全ては確信犯であり、全てハニートラップ、マネートラップ、利権の問題であると判定できるのであり、呪縛でも洗脳でも、自虐史観の問題ではないと考えるべきである。これだけネットが発達し、正しい情報もそれなりに出回って居る中で、皆はやはり既得利権の為に言をろうして悪い事をしているとしか考えられないではないか。だから余り単に罵倒したのみでは無駄だと我はいいたいのである。
しかし水島社長も産経に台湾問題の一面広告記事を乗せたり、ちゃんと色々実行されている事を観て、これらの努力には多いに評価したいと思うのである。
ただやはり保守系論客の劣化やはり感じる。日本の伝統を消去し、日本人的教養を付けさせないようしたのは正に日本弱体化政策のプログラムの一環である事を知らねばならない。保守系人脈に日本を護りたい気持ちが残っている事は分かるが、しかし残念ながらそれらの人々でも既に多くの部分の伝統を消されてしまっており、これが劣化に繋がっているのだと思う。
田母神閣下は流石に多忙でゴルフは出来なくなったようではあるが、これはこれで喜ばしい事である。退官後も玉遊びなんぞ現を抜かすより日本の国益の為に身命を砕いて頂きたい。
とはいうもののやはり日本的な教養が欠如が目立ち、発言が一元化し、本当に同じ事の繰り返しであり、いま少し工夫をなすべきかとは思うのだけれど。
色々な意味で本当に他国からの弱体化プログラムに呪縛されいるのは寧ろ保守系の面々であると我は感じるのであり、この事実を超えられない以上は日本の未来も余り明るくないとは思うのである。

 

●「外国人への武術開放」
人の事は批判はするつもりはないが我は外国人に決して武術を開放してはならないと考える立場の人間である。今まで訪ねてきたアメリカ人、フランス人の数名には友好交流と言う立場において稽古、指導した事が僅かながらあるが、しかし門人にはとらないと言う立場は崩した事はないつもりである。
外国人に武術を教えて自益を図る武道家が多い事は遺憾である。
ただ極めて幸いながら現代外国人に伝えられているのは99パーセントが疑似武道であり、古武道といっても所詮は現代式古武道である。これらも外貨を稼ぐと言う事では多少は国益にはなるだろう。
ただ極小部分においては正真古流武術も外国に伝承されている。しかしながらこれも正直な所決して反対はしない。教えられている先生方も自益の為ではなく、武術の消失を危惧されて、究極の選択においてなされている事も理解できるからである。
実際の所、本当に消滅してしまうよりは外国にでも保存するのは最後の手段しては致し方ないとは思うのである。
ただ余所は知らぬ事であり、我自身は「外国人の門人」はとらないと言う立場を貫くのみである。
ただ、最近台湾事情などをチャンネル桜等をみて思う所があり、例外的には親日外国人、特に台湾や、またトルコ、もしくはチベット人などには(飽くまで人を観ての話ではあるが)、例外的に門人を多少はとっても良いかなと言う思いを抱くようにはなっている。未だ未だ実現したわけではないのだけれど。
逆に言えばたとい日本国籍を持ってはいても反日的な考えを持つものは門人に出来ないし、実際に破門にした事もある。これも当たり前の事と言えるだろう。
いずれにしろ、何よりも武術に関しては自益よりも国益を考える立場に立ちたいとは思うのである。

 

●「行動に敬服」
今までチャンネル桜等に出てくる保守論客や、各裁判の流れ、また論説の胡乱さにおいて不満が溜まり、かなり苦言を呈してしまったが、最近のNHKに対する戦闘は中々熱がこもると共に実際行動もある程度あり、なによりも実際の即戦行動には敬服している。
ただ未だ結果が出てない事が残念であり、やはり法的処置を望みたいが、しかしまた戦争は始まったばかりであり、外野から揶揄する事には反省している。本当に頑張って、そして成果を出して頂きたい。

 

●「武術も情報戦」
政治のみではなく、武術自体も情報戦であり、残念ながら古典武術は全く諸外国からの圧力、情報戦に圧され、全く正しくないものしか残っていない。正統な古伝武術本当に壊滅に近い状態である。多くの古伝武術家は情報戦に殆ど破れ、我もしかりの敗残兵であるが、台湾問題を含めて日本、皇室を護る情報戦には断固戦い、そして勝利して頂きたい。我自身も武術界において最後の戦い、最終決戦に向かっていかなければならない立場ではあるが、断固背は見せないつもりではある。

 

●「最後の決戦」
諸外国の圧力。米国の弱体化政策で正真の武術が晦まされたかと言うと、半分はその通りであるが、半分は戦前から既にグチャグチャになってしまっていた。
つまりその前からその前兆はあった事は事実として捉えねばならない。
中国の非近代化を人は笑うが、そのお蔭で、ある程度古式の武術傳がかなり大きな所で未だ残っている事(特に台湾)は凄い事であり、対する日本は真に残念な事である。維新の偏向的な西洋化政策がやはり痛かった。しかし当時は零にはなってはおらず、正真の武術は全国津々浦々に極小単位で継承されていた。本当に零になったのは終戦時ではなく、戦前の師範が全て息絶えた正に現代であり、現代こそが日本古伝武術の最後の決戦の刻であるとは思うのである。

 

●21/5/20「真面目にやってほしい!」
世の中に完璧なもののないことはわかっており、どんな事でも光と影があり、また瑕疵のない宝玉はないが、チャンネル桜には、やはり苦言を呈さざるを得ない。本日は流石にがっくりさせられたのである。
今までも大変に関心させられたり、また逆に胡乱な内容にがっかりしたり、いい加減な戦略や武術音痴にイライラし、時には褒め、時には苦言を呈してきた。しかしながらやはり最近の台湾問題の積極的な活動には大変に感服し、先般も褒めたばかりだが、本日「防人の道」で新興武術家が出演し、全くの内容のいい加減さ、胡乱な発言に流石に驚かされた。本当にもっと真面目にやってほしい!
いや我は何も骨董武術家としての立場から現代武道、また新興武道等を特には否定もしないし、好ましいとまでは言わないが、そのような人物が出た事をそれほど問題にしようとは思わない。その様な新興武道の存在も否定する者ではない。
しかし程度の問題もあり、また余りにも?の発言があり、また極めて不適切なプロフィール解説があり、また日本精神云々もかな奇妙な発言が続き、全体を通じても非常に宜しくないではないかと、ここに問題提起をする者である。
やられた武術の性質や発言もかなり問題と思ったが、何よりも問題はその武歴説明である。
剣術家の父の元に育ち、柔術(シュート、サンボ)を主に学んだと言うことであるが、「柔術(シュート、サンボ)」とは一体?
インタビューによると父が木刀や日本刀を振っていたと言うが武道を学ぶ気がなく、格闘技を主体に学んでいたと言う。それが「シュート」「サンボ」と言う事であると思われが、その後、タイに渡って古伝のムエタイ系の者と稽古したと言う。しかし是れでは全く日本武術と関係がない事になる。
また「剣術家」と言うワードも奇妙であり、これは何流の師範なのだろう? 全くこれでは分からないではないか。いや何流であろうと、また単なる剣道家であろうと学んでいないのだから全く意味のない記述ではあるのだが。
それはそれでよいだが、「柔術(シュート、サンボ)」の表記は余りにも不味いのではないかと思う。
「柔術」とは江戸期に行われた超絶的なる日本独特の流儀武術体術の名称である。江戸初期の達人関口柔心が中国古典『三略』などから「柔能制剛」の言葉を取って「柔術」を唱え、関口流柔術を創始し、以降の体術家の多くが習ったものであると言われる伝統ある日本体術固有の名称である。
なんでシュートやサンボが柔術になるのか? 現代においては「グレイシー柔術」も「柔術」の名を名乗っており、これもやや問題ではあるが、これは前田光世と言う柔道家からの直伝であり、内容的には古伝の寝業組討系の関西系古流柔術の乱取り業に酷似しており、共通点はあり、直伝を受けたブラジル師範がその様に名乗っている以上は致し方ない部分はあると思う。これに関しては「グレイシー柔術」あるいは「ブラジリアン柔術」として日本の古伝の伝統柔術とは区別する事は出来るが、「シュート」は確かプロレスラーの佐山氏が創始した新興格闘技、「サンボ」は確か柔道家、広瀬氏系の柔道の影響もあるとも言われているが、一応建前としてはロシアの伝統格闘技の流れであったと思う。特に両者が「柔術」を名乗った記録はないと思うのだが、だとすればこの様な表記は全く不適当ではないか。
インタビュアーは予備自衛官と言う様な事を言っているが、日本の柔術とは何なのかと言う事が全く分からないのだろうか? これは余りにも胡乱な話であり、「台湾捏造放映問題」に現れた「日台戦争」や「人間動物園」と言うような捏造ワードを用いるのと同じ位可笑しい話ではないか。
殆ど日本武道を学んだ事がない者が、日本精神を語るのもおかしな話であるが、我も発言の自由までを束縛しようとは思わない。しかしながら述べられた内容は『葉隠』などとは全く矛盾している。日本武士道の真意は台湾人の持つ「日本精神」「あさり」と共通するものであるはずである。
勿論色々な意見があっても良いとは思うが用語の余りにも胡乱な使い方には日本の古伝「柔術」を含めた古典武術を護る者の立場として強く抗議したいのである。
もう一度いいます。
「チャンネル桜における基本的な志と積極的な活動、業績はある程度認め、また大変に立派な事だと敬服もしている。しかし日本の伝統に対してもっと真摯に向かい合ってほしい。特に武術文化に対して余りにも無知すぎ、また鈍感すぎるではないか。もっと真面目にやって頂きたい。」

 
 
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